～ 基本・形と組手練習の相違点（その２）～
空手道（以下、「空手」と簡記する）の「形」は単独で行う練習法になっているた
め、どうしても実戦（組手など）感覚と一致させ難い欠点がある。中国拳法では「形」
のことを套路（とうろ）と呼んでおり、これは継承されてきた技術を忠実に踏襲し、
精神的要素も合せ後世に残す伝達手段という意味を持つ。套路には対人練習もあるの
だが、空手発祥地の沖縄県に中国拳法が伝わり、中国拳法が沖縄化して空手になった
時、何故かこの対人練習は残らなかった。単独練習系だけが現存する空手の「形」は、
沖縄県の歴史的背景と無関係ではなさそうで、この辺の事情は別の機会に見解を述べ
ることとする。今回は今までの歴史経過に従い話しを進め、文中の人物については敬
称を省略する。
先月は、空手道（以下、「空手」と簡記する）の「形」と「組手」練習の相違点に
ついて、その歴史的経過を説明した。今月から、いよいよその実際を比較検討したい
と思う。
まず、先月述べたように、元々は在来武道（本来の意味での我が国固有古来の武道）
のように流派・流儀の中で編み出された「形」、それも単独演武でない対人方式のも
のは空手の中に存在しなかった。あるいは、存在したかも知れないが失伝（伝承が途
切れてしまう意味）してしまったのではという前提で話を進めてきた。
さて、富名腰義珍（1870～1954、沖縄県那覇市首里に生れ。後に船越と改姓、以下
船越と記す）に空手を学んだ神道揚心流柔術家出身の大塚博紀（1892～1981）は、昭
和初期に船越と分かれて独立し昭和13年に和道流空手道を名乗るが、大塚は在来武道
を若年から修行した感覚から流派の技術体系を重視し、船越ほかの空手家から学んだ
「形」に改変を加え、他にも「基本組手」（待ち、後先、先先の先、後などの組手形）
「真剣白刃捕り」、「短刀捕り」及び「居捕り」など、いわゆる組手等の「形」を創
案した。これらは、空手の伝統的な練習法である「形」の中から取り出した技による
対人練習や、一本組手や五本組手と称した対人組手の練習法とは相違する、全く別次
元のものだった。
しかし、単独で行う「形」（中国の套路の場合も）も、対人で行う「形」の中の技
法でも、攻防の技術と体勢を習得するためには大変有効と思われるが、いずれにして
も技術がパターン化（形式化）され、そのため危険度も少なく習得が容易なように造
られている。これは空手以外の武道や格闘スポーツの場合も同じで、初心のうちはパ
ターン化された安易な技術の繰り返しを重視し、次第にノン・パターン練習に進むの
は共通事項だからである。どんな種目でも、入門から一足飛びに高度な技能に到達す
ることは、異種目で既に最高技術を修得しているか、あるいは人並み優れた天与の才
能でもない限りあり得ないことである。
空手には、かつて「基本練習」と単独演習の「形」に大部分の練習時間を費やし、
それを伝統としてきた。そこに、大塚博紀が洞察したように、昭和32年の第１回全日
本学生選手権大会の開催（大学対抗組手団体戦だけ）により、当然のごとく組手試合
が発生したから、これを時代の流れと捉えて受け入れたた国内外多くの空手家がいた
のである。前にも触れたように、組手練習法の研究にいち早く着手したのは関東・関
西地区大学の空手道部関係者たちで、現在の組手競技に近いスタイルが研究され、そ
の効率の善し悪しが論議されていた。それが地方にまで浸透し行渡るまで、幾ばくか
の時間差があったし、頑なに旧来の方法を守り続けた指導者もおりました。
それでは、これから「基本」や「形」などの部門と、「自由組手」や「組手競技」
の部門に二分して相違点を説明するが、いずれも至極当たり前のこと、読者諸氏には
先刻ご存知のことばかりである。ただ、私が字にして整理しただけですから。
便宜上、前者を「基本技」と後者を「組手技」と表記する。紙面の関係から、概説
するに止まることご容赦いただきたい。それに、パソコン技術の未熟さから図解解説
にまで至らず、文章だけなので、分かり難いこと多いかなと申し訳なく思う。
取り上げる各項目について、全体を整理し稿を起こしていないので、連続性がなく
断片的になっていることお許し願いたい。
【最後にお願い】
この項が来月か再来月に終わるとして、私が気づいていないところが沢山あると思
われます。それらについて、読者各位からメールでアドバイスをいただきたい。今後
の研究課題にさせていただくとともに、このレッスン・コーナーでも紹介するつもり
です。
◎「基本」や「形」と、「自由組手」や「組手競技」練習の相違点
第１ 突き、受け、引きの腕の回転角度
基本技～180度回転である。突きは、はじめは緩やかに回転し、最後の到達点（極め）
のところで回転速度が増して完成する。引きは反対に、動き始めに回転速度
が大きく、中半で回転が完成し、終着点で引き肘の速度が最大になるように
行う。これによって、脇・肘が空かない直線的な動きが可能になる。
受け技の場合、「受け」「払い」の手が回転又は上下運動により加速し、最
短距離のコースを通り「引き」の力と相まって完成する。ただし、剛柔流の
受け技は、腕がある状態（位置）から、そのまま受けに入るので、このよう
な腕の回転が生じない場合が多い。
組手技～半分の90度回転である。両手が基本に比べて中間位置にあるので、両拳は掌
側が向かい合い、到達点まで90度の回転となる。また、必ずしも両手が同等
（突きと引き、受けと引きのような）の動きをしないで、単独動作（左右別
々の動き）となる。
第２ 突き、受け、引きの極め
基本技～動作が最高速度で目的位置に到達したとき、その瞬間に停止し空手独特の
「極め」を構成する。この特徴は、鍛錬用具の「巻藁」練習と関連するかも
しれない。「極め」は、行う人の力量を問われる重要技能となる。「極め」
の両手は勿論のこと、体全体のバランスと力が片寄らない無駄のない動きに
よって成立し評価される。因みに、古くから『突き八分』で『引き十分』と
言われ、「引き」の重要性が強調された。
組手技～静止する極めはない。突きは、到達点で最高速度に達するよう繰り出すが、
特に「極め」はなく、直ちに引き返すように元に戻る。これらは、「突き」
手（腕）の伸筋（伸ばす方の筋肉）と屈筋（曲げる方の筋肉）瞬間のスイッ
チングであるが、突きが伸びるときのインパクト（衝撃）の強弱が技量の程
度を問われるので、ただ単に早く伸びて、早く引けばよいものではない。後
に述べる「蹴り」の場合も同様である。
空手経験者なら分かると思うが、「突き」が物体（身体）に当たった力が中
心部にまで到達するような衝撃を想定した「突き」と瞬時の「引き返し」で
あり、加えて絶妙なコントロールが伴うので、「突く」腕だけの問題でない
全身運動の訓練なしには不可能な技術である。
第３ 構えの違い
基本技～「構え」はない。「基本」も「形｣も「用意」の姿勢から動作を起こし「形」
だったら一つの動作（技）が終わった姿勢のまま、次の「技」に移っていく
から、その中間に「構え」に相当する挙動は存在しない。
かつて沖縄県では「空手三無」という言葉があって、『空手に先手なし』
『空手に構えなし』『空手に奥義なし』がそれである。この『空手に構えな
し』は、前文で説明した「構え」がないことの意味ではない。中国明（みん）
代の総合武術書に「紀效新書」と「武備志」があるが、両書の中にも攻防技
術のほかに「構え」のような形態があって、これを真似て攻防の「構え」を
あれこれ考案し、その「構え」にばかり心が囚われ自在性を失うことを戒め
た言葉と考えたい。
和道流の「基本組手」はパターン（形式化）練習であるが、中身は基本技と
組手技の中間的な要素がかなり含まれている。「構え」も定型化されている
ので厳しく指導されるから、一見「組手技」なのかと勘違いしたくなる。だ
が、ここのところが前文で『沖縄空手と相違する別次元』のもの、と述べた
相違点なのです。
組手技～「構え」はある。決まった「構え」が求められるのでなく、自由に「構え」
られるが、目的達成に無駄のない効率性によって上位者から助言される。ま
た、他の全ての武道種目にも「構え」はある。空手の場合、両脇の締め、目
付け、立ち方、運足、重心移動、攻防技の選択、戦術などに関連して、「構
え」の有効かつ合理性が追求される。基本技のところで述べた『構えに心が
囚われ自在性を失う』の意は、「構える」とか「構えない」とかの拘りを離
れた心境へと導くため示唆されたものです。
昭和32年の第１回全日本学生大会のとき、既に一部の学生が現在のような
「構え」をしていたのを目撃しているが、そうでない学生の方が圧倒的に多
かった。
当時は「構え」一つを見れば何流だか分かると言われたものだ。それが２・
３年を過ぎると何処の大学も同じような「構え」に移行していたのである。
ただし、『現在と同じような』であって、現在と組手に対する考え方が相違
するから、『現在と同じ』ではないこと申し添える。
第４ 身体の発達
基本技～身体と筋力の発達効果は大きい。「基本」や「形」など上達を目指すには、
基礎体力や身体能力向上に十分配意しなければならない。それらのトレーニ
ングを怠ってはならない。古い時代の沖縄県では、今よりも多種類の鍛錬具
を用いて、数々のトレーニングに精出していた事実がある。空手に必要な行
動能力を発達させることによって、基本技は上達し体力も増進する。基本練
習で肝要なことは、一般的に正しい「立ち方」や動作する「技」の強弱のほ
かに、拳の握り（閉手）、手刀や貫手の使い方（開手）、各種「蹴り」技の
足首や足指などの用い方、踏み足や運足、他にも頭部や視線、重心の移動、
バランス感覚、柔軟性、機敏性なども重要となり、その全てに細々（こまご
ま）と意を注がなければならない。これらを高水準まで修練すれば、特に発
育期の年齢層では効果は顕著に現れ、高年齢になっても、身体は発達し体力
は維持向上可能である。
ここで大切なことは、どこの筋肉をどのように使用しているか、最大努力を
しているか、どんな反応が発生しているか、運動刺激は感じられるか、など
を強く意識すること肝要である。意識によって筋肉は数倍の発達効果が生ず
ると心得てほしい。
留意してほしいのは、運動生理学の知識を身につけ学ぶこと、過度に陥らな
いこと、過信しないことなどである。風聞だが、沖縄県では空手を若年から
余り熱心に行うと、身長が伸びないと言われていた。これが事実だとすれば、
考えられることは成長期が終わる前に、過負荷状態が連日長時間に及んだか、
あるいは遺伝的な現象だったのではと思われる。
組手技～筋力の発達よりも、巧みさ、敏捷性、瞬発力、瞬間反応力、バランス回復能
力など、多目的応用面での発達が促進される。また、組手独特の加速と「溜
め」（後述する）を伴う攻撃技や「引き返し」、足腰を使う攻防の動きによ
って細部の調整に必要な筋肉群が動員され、部分的でない全身活動に応用の
効く身体が構築される。
これらは、ノン・パターンへの応用技、相手によって反射反応し変化を余儀
なくされることなど常時想定しながら、気の抜けない神経面の作用が加わっ
た心身の発達効果である。
[この項つづく]
