☆　1１月のワンポイント・レッスン　☆　　　　　　崇武館　館長　飛鳥宗一郎

基本技(基本・形)と応用技(組手)の相違点について

　　 　　〜 基本・形と組手練習の相違点〔その５〕〜

第７　距離間隔（間合い）について

　武道では、相手との距離感覚のことを「間合い」という。対戦では、いかなるときも
この「間合い」が大切で、攻防両者にとって勝敗の要となる。「間合い」によって相手
の動きを制したり、あるいは外して空を切らせたり、身動きできない状況に置いたりな
ど、この感覚はパターン練習をスタートとして、積み重ねによって高度な技量にまで到
達しなければならない。宮本武蔵のいう『千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。
能々（よくよく）吟味あるべきもの也』（五輪書）のように励まなければならない。要
は、理屈や理論では分からない感性と経験によるところ、単なる訓練だけでなく個々人
の持つ資質に関わる部分かもしれない。次の点について、留意点としてお読みいただき
たい。
　　　　　　　�@先月のワンポイントで「視線の使い方」を述べたが、その「組手技」
　　　　　　　　部分を少し補足するなら、『「中心視」を相手の顔面に合わせたとし
　　　　　　　　ても常に目配りをもって対応する。眼力を強調しすぎると「周辺視」
　　　　　　　　の働きが弱まる。（後略）』と書いたが、本当に「間合い」感覚を会
　　　　　　　　得したときは、相手の顔面（特に眼）に「中心視」を合わせ「周辺視」
　　　　　　　　の作用をほとんど無視しても、全体が観えてくる境地にまで到達でき
　　　　　　　　るだろうと思う。ただ、このレッスンは一般論によって進めますから、
　　　　　　　　時折このように補足や付記事項として説明することがあるので承知し
　　　　　　　　てほしい。
　　　　　　　�A互いに構え、一歩踏み込めば攻撃できる距離に入ったとき「間合いに
　　　　　　　　入った」という。相手の構えに隙があれば「間」に入ることができ、
　　　　　　　　「間」に入ることは相手の構えを破ったことになる。これは単に表面
　　　　　　　　に現れた距離だけを差すものではなく、心と心の「間」におけるやり
　　　　　　　　取り、駆け引きなども考えられる。自分より強い相手の場合「間合い」
　　　　　　　　をどのように感じるか、自分より下手（したて）の場合どう感じるか
　　　　　　　　など、各自で思い起こしていただきたい。常にこのような相対的な距
　　　　　　　　離感覚が付きまとい、それが勝敗を決する別れ道と心得ていただきた
　　　　　　　　い。
　　　　　　　　とすると、ポイント制になった現今の組手競技（試合）で、３分間の
　　　　　　　　中で互いに２０数ポイントづつも取り合い、ようやく勝敗が決する結
　　　　　　　　果を見ていると、１つの完全な技が死命を決すると考える武道思想か
　　　　　　　　ら程遠い感を抱くのは私だけだろうか。
　　　　　　　�B「間合い」を見切る、ということがある。これは「間合いの見切り」
　　　　　　　　といって一つの言葉で表現する場合が多いから記憶してほしい。
　　　　　　　　相手対自分という相対的な関係において、相手側の攻撃（空手ならば
　　　　　　　　手足他による攻撃、琉球古武道ならヌンチャクや鎌のような武具によ
　　　　　　　　る攻撃、剣道や薙刀のような武器による攻撃など）に対し、その攻撃
　　　　　　　　が最大限の効力を発揮したとしても、自分に到達しないことを瞬時に
　　　　　　　　見極めて取る体勢のことである。それは絶対的な判断であって、その
　　　　　　　　後の連続的な攻撃に対しても捌き得る余地まで包含した中で、攻撃距
　　　　　　　　離から逃れる外れるではなく、又「受ける」「流す」「往なす」「外
　　　　　　　　す」「逸らす」「かわす」「乗る」とも異なる別技法で、「見切った」
　　　　　　　　直後は自分有利の反撃が可能な状況を差すのである。
　　　　　　　�C「間合いを盗む」ということがある。簡単にいえば、「間合い」を相
　　　　　　　　手十分にさせない体勢に持ち込むことをいう。相手得意の「間合い」
　　　　　　　　より、ほんの少し中に入るだけで身動きを不自由にさせること可能で、
　　　　　　　　古の極意からは『敵より遠く、我より近く』とあるが、同等の相手な
　　　　　　　　ら実際の場面で少しでも相手「間合い」の中に入るのは、容易ではな
　　　　　　　　い。
　　　　　　　�D「間合い」はその人の技量や得意技など様々な要素によって異なり、
　　　　　　　　使おうとする技によっても違うから、これだと決まった固定の距離で
　　　　　　　　はない。したがって、常に流動的であるといえるので、その「間合い」
　　　　　　　　から出たり入ったりする「組手技」の難しさを研究課題としてほしい
　　　　　　　　のです。

　　　基本技〜　「間合い」は前方の着地の足、後方（退歩など）着土の足、又は回転
　　　　　　　した時の足の位置との関連が強く、これが基本技の場合は一足踏み出し
　　　　　　　分（又は退歩分）になるから、「間合い」は進むか退くか、又は着地し
　　　　　　　た前足に後ろ足を引き付ける度合いなど、挙動によって形態に違いがあ
　　　　　　　るが一歩分の「間合い」となり、単独演習のこの段階では、相手が存在
　　　　　　　しない仮想・仮定の「間合い」となる。
　　　　　　　　和道流「基本組手」１０本は基本技であるが、別称「待の形」といっ
　　　　　　　て「捕身」(とりみ、最初の攻撃を受ける側）と「受身」(うけみ、最初
　　　　　　　に攻撃を仕掛ける側）がはっきりしており、十分な攻撃が可能な体勢か
　　　　　　　ら「受身」の攻撃が行われ、「捕身」は相手の攻撃に対し「受け」や
　　　　　　　「捌き」が可能な体勢で「間合い」を取ることになる。その「間合い」
　　　　　　　は実際性とか流動性が排除されている。ただ、「基本」や「形」より
　　　　　　　「組手技」に近づく中間的なところは、一方の足の着地と同時に後足
　　　　　　　（又は前足）の引き込みが伴うところである。この「基本組手」も、熟
　　　　　　　達し動きに慣れてくると攻防双者が自分有利の「間合い」に誘い込むこ
　　　　　　　と、また誘いに乗らないで「間」を外す駆け引きなどが妙味となる。そ
　　　　　　　れでも、挙動が定められているため攻防「間合い」の距離測定（目論見）
　　　　　　　が容易である。「基本組手」の「待の形」以外の種類と技法については、
　　　　　　　別の機会に詳述することにしたい。
　　　　　　　　最近の選手はほとんど行わなくなったが、空手独特の練習法に「巻藁」
　　　　　　　訓練がある。「突く」「打つ」「蹴る」「受け」などを行うが、この訓
　　　　　　　練は両足が固定されている場合が多く、強調されるのは「腰の回転」と
　　　　　　　「引き手」である。「巻藁」訓練の「間合い」は、打点に至る一定距離
　　　　　　　となる。
　　　　　　　　空手道の「基本」や「形」、「基本組手」というものは、そもそも動
　　　　　　　作が予定され単純化され「間合い」を簡明化することによって、繰り返
　　　　　　　しが可能となり、危険性が排除され、全力行動によって技法の習得と技
　　　　　　　能の強化・完成が目的とされている。強化・完成とは、完全な技法の定
　　　　　　　着と技能安定の中に、揺るぎない精神性を伴う境地に至る道筋を差すも
　　　　　　　ので、天才・宮本武蔵にしても『朝鍛夕錬してみれば、おのづから兵法
　　　　　　　の道あう事、我五十歳の頃なり』（五輪書）と明言しているのだから、
　　　　　　　ましてや我々凡夫にしてみれば、一生涯費やしても到達不可能なことか
　　　　　　　もしれないが、目標として持ち続けてこそ、生涯武道を標榜する一員と
　　　　　　　しての価値があると思う。
　　　　　　　　だが、基本技は初心者でも、パターン練習の中でどうにか対処できる
　　　　　　　し、容易から難儀に進行する可能性を持つのだから、まず空手道との出
　　　　　　　会いを喜びとし、先人の知恵で基本技から取り組めることを幸せとしな
　　　　　　　ければならない。

　　　組手技〜　必ず相手と対面し、試合であっても練習であっても技の応酬が伴い、
　　　　　　　使用しようとする技の種類によって、それぞれの「間合い」が重要とな
　　　　　　　る。何故ならば、武道でいう技の仕掛けは、仮想・仮定でない心底から
　　　　　　　『これだと』と確信する技を実際に行使することから始まるので、この
　　　　　　　精一杯完璧な技を「打った」（仕掛けた）その瞬間に自ずと発生するの
　　　　　　　が真の「残心」なのである。一つの動作が終わって「隙（すき）」を残
　　　　　　　さないように身構えを忘れないのが「残心」だと教える人もいるが、そ
　　　　　　　れは作り物の「残心」であって、一瞬「間」が遅れて「残心」を要求し
　　　　　　　ているように思う。私の考えでは、一つの技を行使しようとする以前に
　　　　　　　適正「間合い」があって、「誘い」や「造り」があって、技が決まった
　　　　　　　（極めた）瞬間が最も肝心要の極みであるから「残心」はその所になけ
　　　　　　　れば無意味である。終わった後の体勢の保持では「間」が抜けてしまう。
　　　　　　　　以上のように、その技に見合う「間合い」があって始めて本当の攻防
　　　　　　　に適った技が使える（あるいは成立する）こと承知していただきたい。
　　　　　　　　では、空手の「間合い」の特徴を述べる。組手で互いに構えたとき、
　　　　　　　その距離からは双方ともに「突き」「蹴り」は相手に到達できないから、
　　　　　　　したがって「寄る」か「踏み込む」かしなければならない。他の武道で
　　　　　　　もおおよそ同様なのだが、柔道家・三船久蔵の得意技「空気投げ」はそ
　　　　　　　の感覚外の、柔道の常識を超越した技だったのだろう。
　　　　　　　　前方に行使する技だったら、相手の「間合い」に入って仕掛ける、後
　　　　　　　方や側面に位置を変えての技だったら、相手の「間合い」の外にいて仕
　　　　　　　掛けさせるなど、しかも互いの戦略・戦術行使の中で、流動的かつ実際
　　　　　　　的な「間合い」のやり取りが発生する。これらを無視して一方的な考え
　　　　　　　で行動すれば、早いか遅いかの「早い者勝ち」の戦法、将来性に繋がら
　　　　　　　ない空手になってしまう。
　　　　　　　　初心者の頃、無我夢中で教わり試している間は、どうして上手（うわ
　　　　　　　て）とこんなに差があるのだろうかと悩んだ経験を、誰しも思いおこす
　　　　　　　ことだろう。それは、「間合い」感覚のレベルが全然違ったのが原因だ
　　　　　　　ったのだ。
　　　　　　　　因みに、他の武道において古い文献にある「間合い」のことを述べる。
　　　　　　　尺貫法だが、換算して参考としていただきたい。
　　　　　　　　柔道（柔術）は３尺、剣道は６尺、棒術（６尺棒）は９尺、槍術は１２
　　　　　　　尺程度。しかし、これらはあくまでも目安であって、得意技や武具の大
　　　　　　　小、体型、戦法など多くの要素によって違ってくるし、現代人の身長な
　　　　　　　らどうなのかと疑問が残る。相撲の「仕切線」はメートル法で７０ｃｍ
　　　　　　　となっており、これは大相撲がＮＨＫテレビ放送開始にあたり時間どお
　　　　　　　り進行させる必要性から（財）日本相撲協会に申入れをし、（財）日本
　　　　　　　相撲協会が制定したものだ。力士は前かがみになって手を下ろすので、
　　　　　　　両者の足の位置は「仕切線」より６０〜７０ｃｍ後ろに下がっており、
　　　　　　　「仕切線」を挟んで手をつく点と足の場所が「仕切線」の幅と同じくら
　　　　　　　いの位置にあるように思われる。仕切線も「間合い」と言えなくないの
　　　　　　　で、力士によっては作戦的に許された範囲内で位置を変えるが、危険を
　　　　　　　排除し両者公平に仕切るため考案された距離だったのであろう。
　　　　　　　　さて、空手組手競技の場合、貴方はどんな「間合い」を考え、絶えず
　　　　　　　いる相手との関係をどう解決して勝ちを収めるのか。重要な研究課題と
　　　　　　　して研鑽され、筆者の至らないところを補足し伝授していただきたいも
　　　　　　　のである。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

　　　　　※　次回は、タイミングの問題を取り上げてみたい。